丸谷先生が逝去されたと伺い/吹奏楽の思い出

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 吹奏楽を経験された方なら必ずと言って良いほどその名を知っていると思いますが、淀川工科高校の吹奏楽部顧問であり、吹奏楽連盟理事長などを経験され吹奏楽界を牽引されてきた丸谷 明夫先生が7日に逝去されたとの事です。

私は中学校〜高校(高校では部員でなく外部から携わらせて頂きました)で吹奏楽部に所属しており、やはり丸谷先生率いる「淀工サウンド」に憧れておりました。

そんな中、幸運にも大阪府吹奏楽連盟の記念事業で約3500人の奏者と丸谷先生のタクトでご一緒させて頂く機会があり、今でも鮮明に覚えています。

先生は時には厳しく、でも愛情や笑いが溢れるアドバイスとコミュニケーションをして下さり、自然と周りに人が集まるような方だなと感じておりました。

練習の時、「一人ひとりが機関車を」という言葉を仰っていたのを覚えています。この言葉自体は先生の恩師によるものとされております。自分で考え、周りに気を使いながら、でも指揮棒や周りについていくのではなく自分の力で進もう。という理念だったと記憶しております。

 練習期間と本番、とても大変でしたが一方でとても楽しく、勉強になる時間を過ごしたと思っており、私の中ではかけがえのない時間でした。

その後、大学に進学してからは吹奏楽からは少し距離を取っていたものの、それでも毎年のコンクールやコンサートはとても楽しみであり、特に衰えを見せず年々パワーアップしていく大阪俗謡などの淀工サウンドには毎年圧倒されました。これも丸谷先生の人望によるものではないかなぁと思っております。

淀工現役生やOBの方々に比べると私がご一緒させて頂いた期間はごく僅かで、凄じくおこがましいのは承知の上で申し上げますが人を惹きつける、素敵な先生でした。もっと相応しい言葉があると思うのですが申し訳ないことに余り言葉を知らない者故この様な言葉で表現させて頂いております。

 ネットニュースやSNSを見ていると沢山の感謝の言葉で溢れており、先生の凄さを改めて実感しております。

心よりお悔みを申し上げます。ごゆっくりお休み下さい

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